長屋の今月の少女趣味こうなあ
『ギラリと光るダイヤのような日』 茨木 のり子
短い生涯
とてもとても短い生涯
六十年か七十年の
お百姓はどれほど田植えをするのだろう
コックはパイをどれ位焼くのだろう
教師は同じことをどれ位しゃべるのだろう
子供たちは地球の住人になるために文法や算数や魚の生態なんかをしこたまつめこまれる
それから品種の改良や
理不尽な権力との闘いや
不正な裁判の攻撃や
泣きたいような雑用や
バカな戦争の後始末をして
研究や精進や結婚などがあって
小さな赤ん坊が生まれたりすると
考えたりもっと違った自分になりたい欲望などはもはや贅沢品になってしまう
世界に別れを告げる日に
人は振り返って
自分が本当に生きた日があまりに少なかったことに驚くだろう
指折り数えるほどしかないその日々の中の一つには
恋人との最初の一瞥のするどい閃光などもまじっているだろう
「本当に生きた日」は人によって確かに違う
ギラリと光るダイヤのような日は
銃殺の朝であったり
アトリエの夜であったり
果樹園のまひるであったり
未明のスクラムであったりするのだ
ご隠居 今月は、茨木のり子さんの詩です。茨木さんは、一九二六年生れ、二〇〇六年に亡くなりました。
熊さん 銃殺の朝というので、ドストエフスキーを思い出すのですが・・・。
虎さん 熊さん、博識でんな。そういえば銃殺直前までいっ
た話は有名でんな。
熊さん わたしが一番きれいだった日とか、有名な詩がいっぱいありますな。この詩も有名ですが、以前も掲載したのと違いまっか。
ご隠居 わし、最近めっぽう記憶がわるなってなあ。
熊さん 自分の記憶力ぐらい自分で守れ ばか者よ
虎さん 今月の熊さん、ちょっと変。